吉田義人

7人制ラグビー専門チーム「サムライセブン」9年の軌跡を追う   〜【2】サムライセブン創設を振り返って〜

7人制ラグビー専門チーム「サムライセブン」9年の軌跡を追う   〜【2】サムライセブン創設を振り返って〜

―サムライセブンを創設した頃のお話を改めてお聞かせください。

母校、明治大学の監督に就任したのが2009年だったのですが、実はその年、オリンピック競技として、7人制ラグビーが採用されることが決まったのです。

現役時代、7人制に魅了された私(※【3】で後述)としては、大変嬉しいニュースでしたし、日本ラグビー界の7人制強化に向けて行動をしたいとも思いましたが、

母校の監督として再建を託されたタイミングでしたので、まずはそこに心血を注ぐことが私の使命でした。

その後、14年ぶりの対抗戦制覇に導き、4年の任期を終えたのが2013年(2012年度シーズン終了後)でした。

7人制のオリンピック競技決定から約4年、日本ラグビー界の中でも強化が活性化していると想像していたのですが、実は全くと言っていいほど、変化が見られなかったのです。その状況を打破するために、まずは7人制専門チームが必要だと思って立ち上げたのが、サムライセブンです。

ー日本ラグビー界のために、新たなチャレンジをされたということですね。

そうですね。五輪競技としての正式決定から経過したのは4年でしたが、おそらくそれ以前に五輪競技化の可能性があることは、日本ラグビー協会の関係者の耳には少なからず届いていたのではないかと思います。

本来、協会が先陣を切って進めるのがベターだと思いますので、その段階で何も変わっていなかったということに危機感を覚え、自分がやるしかないと思いました。

ー立ち上げは具体的にどのように進められたのですか。

まだ誰もやってきていないことでしたので、たくさんのチャレンジをしました。最初に行なったのがトライアウトです。ラグビー経験者だけではなく、他競技からの選手も受け入れる前提で参加者を募りました。陸上、野球、バレーボールなど、様々な経歴のラグビー未経験者が参加してくれました。

次に、チーム拠点づくりです。チームにとって、練習ができるグラウンド環境確保も重要なのですが、まずはそこは度外視し、注目される組織にするために、影響力のある立地であることが大切だと考えました。そこで、世界の最先端の情報が集まる場所、東京の港区にオフィスを構えました。

(2014年 サムライセブン設立発表時)

ー立ち上げは想定通りに進んでいった感じですね。

想定通りにはいかなかったですね。明大監督退任後の私の去就は当時注目されていましたし、私の活動を応援してくださる方も多かったのですが、初めから周囲の支援ありきでチームづくりをしたくないというのが、私の考えでした。

立ち上げたばかりで、どうなるかわからないチームでしたので、特に活動資金はとても重要でしたし、支援のお声もいただいたのですが、お断りしていました。

まずは私財を投げ打って、チームの基盤を作ることが重要だと思っていましたので、活動初年度は、自信を持って応援いただける状態を作ることに専念していました。

ーチームは、想定通りに成長していったのでしょうか。

これもやはり最初からうまくはいきませんでした。正直なところ、チームが空中分解しかけた時期がありました。

もともと、他競技から集まった選手がほとんどでしたので、身体能力が高くても、そう簡単にラグビープレイヤーとしての基盤は作れません。

一方、選手たちは「オリンピアンになる」という夢を持ってトライアウトに臨んできた者がほとんどで、日々の鍛錬で、自身の変化や成長がなかなか見えてこなかったり、試合では15人制選手でつくった7人制チームにコテンパンに負けたり、本人達は焦りを感じていたと思います。選手達からは、もっと間口を広げて選手を集めた方がいいのでは、というような意見も上がってきました。

ー吉田さんとしては、その状況をどのように捉えていたのでしょうか。

「人に愛される選手になる」ということが最も重要だと考えを持っていますので、結果が出ないからと言って、その軸をぶらすつもりはありませんでした。

また、間口は広げず、少数精鋭にこだわりました。愛される選手を育てるには、チームが一体となって活動することが重要です。そのために、最低限の人数に絞って活動したいという考えは、今でも変わっていません。

経済面でも負担なく活動してもらいたいと思っていましたので、チームとしては選手から月謝を取っていませんでした。

そのような状況において、監督である私の意向に合わないようであれば、サムライセブンの名前は使ってもらっていいから、自分たちだけで活動をしたらどうかと提案したこともありました。

ーいろいろな葛藤の中で活動がスタートしていったのですね。

組織を立ち上げるということは簡単ではありません。ましてや、これまでになかった7人制専門チームという組織を作ることは、日本ラグビー界では誰もやったことがなく、未知の領域でしたので。軌道に乗るかどうかもわからない、だからこそ、様々な支援をお断りし、退路を断って、チームづくりを始めました。

その後、活動基盤が整い始めたタイミングで、応援してくださる方々とつながっていきました。

各界、多方面で活躍されている多くの方々がこの活動を理解して応援してくださり、活動の環境がより良くなっていきました。

また、チーム活動を運営する一般社団法人を立ち上げ、これにも多くの方々のご協力を頂くことができて、活動の基盤を徐々に厚くしていきました。