吉田義人

吉田義人プロフィール

吉田 義人(よしだ よしひと)プロフィール

吉田 義人(よしだ よしひと)

【生年月日】 1969年2月16日
【出身地】 秋田県男鹿市
【出身校】秋田工業高校~明治大学~筑波大学大学院
【現役時代のポジション】 ウイング・スリークォーターバック(WTB)
【日本代表キャップ】 30

吉田義人 経歴

小学3年生からラグビーを始め、男鹿東中時代に東日本中学生大会優勝。
秋田工業高校では、同校初めて1年時からレギュラーとなり全国制覇。
高校3年夏には高校日本代表としてニュージーランドに遠征。高校ニュージーランド代表とも対戦した。

早くから各大学のスカウトの目に留まり、本人の将来が体育教師志望という事もあり他大学に進学が決まりかけていたが、明治大学のセレクター(明治大学ラグビー部選手選抜委員)の尽力により明大進学が決まった。
北島忠治監督は吉田を明治のラグビー練習場・八幡山グラウンドで一目見て「これは将来の日本を背負う逸材だ」と見抜いた。
正式入学前の練習試合に明治の一員として早くも出場。

1987年明治大学に入学。
明大ラグビー部では1年からレギュラーで活躍。
伝説となった1987年の雪の早明戦に出場し、雪かき跡のぬかるんだ地面を駆け抜け、一時は同点となるトライを挙げている。
1988年19歳で日本代表に選出され、オックスフォード大学戦で代表デビュー。
1989年対スコットランドXV戦(秩父宮)では、相手陣を一気に駆け抜ける圧巻のトライを挙げるなど歴史的勝利に貢献。
1990年 明大4年時には主将となる。
第27回大学選手権決勝で早稲田大と対戦。
後半26分に逆転トライを決め、明大を2年ぶり8回目の大学日本一に導く。
才能のあまり練習をなまけていたチームを目覚めさせ、学生最強集団へと復活させた。
1991年明治大学を卒業。伊勢丹に入社。
同年イングランドで開催された第2回W杯に出場。
ジンバブエ戦では2トライを挙げるなど日本代表のW杯初勝利に貢献した
1992年ニュージーランドラグビー協会100周年記念試合でニュージーランド代表(オールブラックス)とテストマッチで対戦する世界選抜に選出。トライを挙げる。
当時、日本代表はまだニュージーランド代表と正式なテストマッチで対戦したことがなかったため、ニュージーランド代表とテストマッチで対戦した史上初の日本人となる。
1995年第3回W杯に再度、日本代表として出場。
1996年イングランドラグビー協会125周年記念試合に出場。
筑波大学大学院入学。
1998年筑波大学大学院卒業(体育研究科コーチ学専攻)。
2000年フランス・USコロミエに入団。
日本人初の一部リーグのプロラグビー選手となる。
2001年三洋電機に移籍。
2003年福岡サニックスボムズに移籍。
2004年3月28日オール早明戦(秩父宮)で現役引退。
横河電機ラグビー部ヘッドコーチに就任。
2007年横河電機ラグビー部武蔵野アトラスターズヘッドコーチとしてチームをトップイースト11で全勝優勝させトップリーグに昇格させる。
2008年横河電機ラグビー部武蔵野アトラスターズディレクターに就任。
2009年明治大学ラグビー部監督に就任。
2012年明治大学ラグビー部監督として14年ぶりに対抗戦優勝を果たす。
2014年7人制ラグビーの専門チームである「サムライセブン」を創設し、その代表に就任。